K's lab

RESEARCH

心血管疾患の運動療法、スポーツ

日本人の死亡原因の第2位は心疾患(15.5%)であり、両者で全体の1/4を占めています。(厚生労働省「平成23年人口動態統計」)。
そのため、心血管疾患に対する費用対効果の高い診断法、治療法の提供は、医療財源を圧迫することなく国民の健康寿命を延長するためにとても重要です。心血管イベントの予防には、栄養療法や運動療法などの早期介入が重要となる。ACC/AHA (米国心臓病学会/米国循環器学会)「心血管疾患リスク低減のための生活習慣マネジメントのガイドライン」では、脳心血管疾患の強いリスク因子である血清コレステロールおよび血圧を低下させるために、有酸素運動を40分間、週3-4回実施することが推奨されており、心血管疾患に対する運動療法の有効性は広く認められているところです (Ann Int Med 2005 143 659-, JAMA. 2009;301(14):1451, JACC 2012;60:1521-)。現在、医療機関において、医療者が日常生活での適切な運動強度(多くの心血管疾患は有酸素運動レベル)を指導していますが、実際の日常生活の中で、適切な運動強度が守られている例は希で、効率が低いだけでなく過剰な負荷によって心血管イベントを誘発する危険があります。また、医療者が、患者の活動レベルを患者の状態に合わせて、客観的に把握することは困難でした。この点が、臨床におけるジレンマであり、毎日の体調に合わせて、リアルタイムに適切な運動強度を提供し、それを医療者と共有し、リアルタイムにフィードバックするプログラムの開発は喫緊の課題となっています。

臨床

慶應義塾大学病院の2号館3階で、運動療法外来を行っています。数十年の循環器救急治療の進歩により、心筋梗塞をはじめとする虚血性心疾患の急性期死亡率は格段に減少したが、遠隔期に心不全による再入院・死亡が増加していることが問題となっています。特に、心不全患者は高齢者であることが多く、心不全の全死亡率(20%/年)や再入院率(30%/年)は近年においても大きな改善は認められていません。長期的な心不全管理では、運動トレーニングや心臓リハビリテーションの継続が重要と考えられており、その入り口である、心肺 運動負荷検査を実施しています。本検査は、密着型マスクを装着しながら、運動をしていただき、運動中の呼気の酸素や二酸化炭素濃度を測定することで、運動レベルや、有酸素運動の指標である嫌気性代謝閾値を求めます。この閾値を指標に、運動を継続することで、心不全の予後や生活の質が改善することが報告されています。

【場所】

2号館3階 3R

【担当】

勝俣良紀 担当日時:月曜午後
循環器内科専門医、日本心臓リハビリテーション学会認定医、臨床遺伝専門医、日本不整脈専門医

白石泰之 担当日時:金曜午前
循環器内科専門医、日本心臓リハビリテーション学会指導士

三浦光太郎 担当日時:水曜午後
循環器内科専門医、日本心臓リハビリテーション学会指導士

竜崎俊宣 担当日時:水曜午前
循環器内科専門医、冠動脈疾患・SHD(構造心疾患:心臓弁膜症など)・心臓リハビリテーション

研究

①健康寿命の延伸に向けた新たなフィットネス法の開発 ―心臓自律神経反射機能のフィットネスへの応用―

心臓自律神経反射機能(有機的な交感神経系ならびに副交感神経系の調節)は、日常活動時の心機能の調整に関与するほか、様々な心疾患においてその発生、病態、治療、予後に密接に関係しています。特に、生命に直接影響を及ぼす心室頻拍や心室細動をはじめとした多くの不整脈は、心臓自律神経反射機能と強い関連があることが報告されています。そのため、心臓自律神経反射機能に注目した、心疾患に対する治療法の開発は喫緊の課題となっています。

脳卒中や心筋梗塞などの脳心血管イベントを予防するためには、早期診断に加え、適切な栄養や運動などを行うことが重要となります。ACC/AHA (米国心臓病学会/米国循環器学会)「心血管疾患リスク低減のための生活習慣マネジメントのガイドライン」では、血清コレステロールおよび血圧を低下させるために、有酸素運動を40分間、週3-4回実施することを推奨しています。また、脳心疾患に対する有酸素運動療法はその有効性が多く報告されています。しかし、医療機関以外で有酸素運動 (自宅やジムなどでの運動) を行う際は、脈拍数、エルゴメーターの負荷量、ボルグスケールなどを指標としますが、予想外に弱いまたは強い運動を行っている可能性があります。

嫌気性代謝閾値のグラフ

我々は、2014年より最大エントロピー法を用いて漸増運動負荷中の心臓自律神経反射機能を画像化(可視化)する研究を開始しました。これまでの心拍変動解析によく使用されていたホルター心電図等ではR波の信号を125Hzで採取しており、解像度が粗いため、心拍数が150~200bpmまで上昇する運動時では心拍変動を正確に把握することが困難でした。そこで、R波の信号を1000Hzの精度で採取する技術を開発し、そのもとで最大エントロピー法を用いて、30秒間の心拍変動を1拍ごとずらしながら、漸増運動負荷中のHF, LF, L/Hを連続的に解析し、瞬時に画像化することに成功しました(右上図:運動中の連続心拍変動解析HF; 赤, L/H; 青)。さらに、健常ボランティア及び心不全患者において、心拍変動がHFからL/Hに切り替わるタイミングが、嫌気性代謝閾値と相関することを発見し、1拍ごとの連続的な心拍変動解析のみから、有酸素運動限界を予測し、適切な運動強度を提供することを可能としました。この成果を2018年に、Journal of American heart association誌に投稿いたしました1。

今後は、心臓自律神経反射機能のモニタリングにより、個々人の日々の体調に合わせ、有酸素運動限界をリアルタイムに知らせながら運動をすることを可能とするシステムの開発を行っております。そのために、現在、スポーツ医学総合センターと循環器内科が共同で以下の臨床研究を行っております。これらの研究から、多くの研究成果が報告されています2,3,4。

  1. 1:Shiraishi Y, Katsumata Y, et al. J Am Heart Assoc. 2018 Jan 7;7(1):e006612. doi: 10.1161/JAHA.117.006612.
  2. 2:Miura K, Katsumata Y, et al. PLoS One.2021 Jul 23;16(7):e0255180. doi: 10.1371/journal.pone.0255180.
  3. 3:Katsumata Y, J Cardiovasc Electrophysiol. 2019 Nov;30(11):2283-2290. doi:10.1111/jce.14149.

②画期的なセンシングデバイスの開発:汗乳酸センサの医療やスポーツへの応用

心血管疾患に対する運動療法の有効性は広く認められているところです。我々は運動中の乳酸値を非観血的かつリアルタイムに測定するウェアラブルデバイスの開発に着手しています。乳酸は通常体内エネルギー代謝が好気性代謝から嫌気性代謝に切り替わり解糖系にて糖からエネルギーを取り出す際に産生される物質で、直接的に嫌気性代謝閾値を示します。我々は、今回開発するデバイス(乳酸測定ウェアラブルデバイス)を用いることで汗中の乳酸値を非侵襲的かつリアルタイムに測定し、可視化する(ウェアラブル端末画面等)ことを目指しています。また、心血管疾患患者を対象に臨床研究を進め、本デバイスで嫌気性代謝閾値を正確にとらえることができるかを検証しました。

心血管疾患患者23名および健常ボランティア22名を対象に臨床研究を行い、乳酸測定ウェアラブルデバイスの改良を行いました(A. 乳酸測定ウェアラブルデバイス)。図Bに徐々に負荷量が増加していく運動中の汗中乳酸値および血中乳酸値を示します。運動開始時は、発汗がないため、乳酸センサは反応していません。しかし、発汗の開始後、乳酸が表皮から放出され、本センサによって選択的に検出されます。その後、運動の中盤以降で、汗の乳酸値の急激な上昇が観察され、症候限界の運動終了まで連続的に増加しました。健常者全員と汗中乳酸が測定できた14例患者において、本デバイスを用いた汗乳酸値から算出した乳酸性作業閾値が簡単に算出できました(図Bの黄色△)。汗乳酸性作業閾値と血中乳酸値から求めた乳酸性作業閾値を比較すると、両者は強い相関を認め(r=0.92)、Blant-altman解析でも両閾値に誤差は認めませんでした(4)。

我々の開発した乳酸測定ウェアラブルデバイスは、皮膚に乳酸センサを貼付するだけで、運動中の汗中の乳酸値をリアルタイムかつ連続的に測定することが可能でした。また、そこから算出された乳酸性作業閾値は、血中乳酸から求めたものと一致しており、今後本デバイスから算出した乳酸性作業閾値を用いた心臓リハビリテーションに応用できる可能性があります。

また、この乳酸測定ウェアラブルデバイスを用いて、有酸素運動中には呼気のエアロゾルが増加しないこと、無酸素運動では増加する呼気からのエアロゾルが層流換気装置内では完全に消失することを証明し、2021年にpros one誌に報告しました。有酸素運動は、COVID-19などの流行性感染症拡大を引き起こすことなく行える運動であるといえます(5)。

心血管疾患患者は、日々の体調に合わせて、適切な運動の強さで運動を行うことが重要です。特に過負荷な活動で心不全入院を繰り返すこともあり、運動による身体の負荷(疲労度)をモニターする機器を開発し、安全で効果的な運動が行えるよう支援したいと考えています。そのために、現在、スポーツ医学総合センターと循環器内科が共同で以下の臨床研究を行っております。

研究協力のお願い

発表論文

  1. 4:Seki Y, Yoshinori Katsumata, et al. Sci Rep. 2021 Mar 2;11(1):4929. doi: 10.1038/s41598-021-84381-9.
  2. 5:Katsumata Y, et al. PLoS One. 2021 Nov 10;16(11):e0257549. doi: 10.1371/journal.pone.0257549.
乳酸測定デバイスと汗中乳酸値

本研究に従事している関係者

慶應義塾大学循環器内科
白石泰之、関雄太

慶應義塾大学スポーツ医学総合センター
勝俣良紀、犬童りえ

慶應義塾大学整形外科
大川原洋樹、澤田智紀

共同研究機関

慶應義塾大学、岐阜大学、東洋大学、女子栄養大学、株式会社グレースイメージング、株式会社日本医化製作所、アシックス・スポーツコンプレックス株式会社

用語集

ボルグスケール:運動したときの感覚(つらさ)を、数字と簡単な言葉で表現したもの

研究費

  1. 1. 平成28年度 福田記念医療技術振興財団研究助成事業、助成テーマ「心臓自律神経反射機能の画像診断技術による非監視下運動療法への応用研究」
  2. 2. 平成29年度 日本心臓リハビリテーション学会学術研究助成、「心臓自律神経反射機能リアルタイム画像を用いた自動有酸素運動通知システムおよび新規運 動療法の開発」
  3. 3. 平成30年度 武田薬品工業株式会社Takeda Japan Medical Affairs Funded Research Grant 2018、「リアルタイム心拍変動解析と運動強度の自己管理システムの開発」
  4. 4. 平成30年度 明治安田厚生事業団 体力医学研究所 第35回若手研究者のための健康科学研究助成、「心血管疾患予防に向けた、リアルタイム心拍変動解析と運動強度の自己管理システムの開発」
  5. 5. 第31回(2019年度) 中冨健康科学振興財団研究助成金、「心血管疾患予防に向けた、リアルタイム心拍変動解析と運動強度の自己管理システムの開発」
  6. 1. 第41回(2019年度) 公益財団法人石本記念デサントスポ―ツ科学振興財団学術研究、「心血管疾患予防に向けた、リアルタイム心拍変動解析と運動強度の自己管理システムの開発」
  7. 7. 令和1年度 日本医療研究開発機構(AMED)循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策実用化研究事業、助成テーマ「心血管疾患に対する、乳酸測定ウェアラブルデバイスを用いた運動強度の自己管理システムの開発」
  8. 8. 第39回(令和元年度) 木村記念循環器財団研究助成、助成テーマ「心血管疾患予防に向けた、生体バイオセンサを用いた運動強度の自己管理システムの開発
  9. 9. 令和1年度 公益財団法人鈴木謙三記念医科学応用研究財団令和元年度調査研究助成、助成テーマ「心血管疾患予防に向けた、生体バイオセンサを用いた運動強度の自己管理システムの開発」
  10. 10. 2019年度 公益財団法人 総合健康推進財団第36回一般研究奨励助成助成テーマ「心血管疾患予防に向けた、生体バイオセンサを用いた運動強度の自己管理システムの開発」
  11. 11. 2020年度 パブリックヘルス科学研究助成金、助成テーマ「心血管疾患予防に向けた、生体バイオセンサを用いた運動強度の自己管理システムの開発」
  12. 12. 2020年度 IoT健康ライフ研究コンソーシアム プロジェクト(慶應義塾大学 グローバルリサーチインスティテュート)、助成テーマ「リアルタイム心拍変動解析を用いた、ストレス状態および運動量の「見える化」と行動変容プログラムの開発」
  13. 13. 2020年度 テルモ生命科学振興財団研究開発助成、助成テーマ「乳酸センサを用いた乳酸値連続測定の遠隔モニタリング技術の開発」
  14. 14. 2021年度 国立研究開発法人 科学技術振興機構 共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)、分担、助成テーマ「誰もが参加し繋がることで、ウェルビーイングを実現する都市型ヘルスコモンズ共創拠点」